*キラキラのどろんこLife*

年の差三姉妹のお母ちゃん、睦です。 ちょっと若く見られるのは自慢ですが、しっかりアラフォーで体力の衰えが半端ないのは悩みの種。 先天性心疾患「左心低形成症候群(HLHS)」の三女、小5長女、小3次女(通称:姉ちゃんズ)がいます。 3年間続いた夫のギャンブルで家計も夫婦仲もガタガタ、現在5つのローンを背負って嵐の中を突き進めているのかどうか。 いろんなことをぶっちゃけながらも、自分らしく前進あるのみと心に誓っています。 迷走していることに気づいたら、お声掛けいただけると喜びますが、そっと見守ってくださる







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【日々の雑記】祖父の生きた時代を感じました。

2泊3日の帰省中、正月太りは無事回避しました。元々あまり太らない方ではありますが、ずっと実家にいたらフォアグラ化してしまいそうです。夫は見事に太るタイプなので、なかなか大変です(笑)

 

こんにちは、睦です。

今回はそんな実家でのお話を少しだけ聞いてください。

 

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実家で目にした思い出の写真

 

大好きだった母方の祖母が亡くなったのは、3年前の1月でした。

昨年9月には祖父も亡くなり、家主のいなくなった祖父母宅から、私の両親が思い出の品をいくつか持ってきていました。

 

母は4人兄弟の末っ子・三女ですが、祖父母から1番に信頼されており、近くに住んでいたこともあっていろいろなことを担ってきました。最終的には長男がいながら、祖父から仏壇を託されたのも母です。

私は娘の特権で、遺品を譲り受けたり、他の親戚が目にすることはないだろうと思われるものに、触れる機会が持てたりしています。

 

祖父のアルバム

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まるで古文書のようです。

左下の写真には「昭和十一年八月 行幸記念 御路園小學校同窓會」と書かれています。御路園(おろえん)は、現在の虻田郡喜茂別町にある御園(みその)と呼ばれる場所だったようです。

亡くなる数年前に私の地元に移り住みましたが、祖父母は喜茂別町の出身でした。

 

何だか嘘臭い写真

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一見張りぼて、でも本物の写真なんですよね。物凄い違和感。

 

馬が車代わりだった時代

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モノクロ写真の馬はカッコイイです。

祖父母は農業を営んでいて、馬小屋や豚舎などもあったと聞いています。母が小学生の時には、祖父が馬ぞりを引いて迎えに来てくれたりもしたようです。

 

曾祖父と曾祖母

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曾祖母のお葬式の写真です。

昔は自宅でやっていたんですね。私が生まれる3年ほど前に亡くなった曾祖父、遺影でしか見たことがないのでとても不思議な写真です。曾祖母は若くして亡くなったようです。

 

若き日の母の写真

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何歳の頃なのか、聞いてくるのを忘れました。制服でしょうか。

母が若い頃の写真を見るといつもそうなのですが、パッと見た雰囲気が若い頃の私とそっくりで驚いてしまいます。学生時代の私はこのままです。

 

私との思い出の品

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私の修学旅行のお土産です。

色褪せや多少の壊れはありますが、26年前のものがこの状態ならきれいですよね。事前に母に持ってきてもらっていました。祖父母がそれを覚えていたのかはわかりませんが、嬉しかったです。

しかし、小学校の修学旅行が四半世紀前とは(笑)

 

膨大な量の写真を眺めながら思ったこと

「祖父母が元気なうちに、みんなで見てみたかったな」です。

祖母はとても目が悪く視力も極端に弱い人でした。亡くなる数年前からは加齢黄斑変性で、ほとんど見ることができない状態でした。毎日ラジオを聞いていました。

 

祖父は外面のいいタイプの人だったので(笑)、お客さんが来ている時にはニコニコとよく話しますが、私達だけだと黙ってテレビを見ていたり、畑に出てずっと動いていたり、という人でした。

みんなで賑やかに、この写真を眺めることができていたら、共有できる思い出も多かっただろうな・・・と思うと少し切ないですね。

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