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【私語り】私が「社会から隔絶されている」と感じていた2つの時期、そしてブログを続ける意味。

こんにちは、睦です。

私は高校を卒業したあと、地元の専門学校に2年通って就職しました。2000年3月、いわゆる就職氷河期と言われる時期のこと。

 

地元企業での就活が大半の中、私も税理士事務所への推薦を受けましたが断り、札幌での就職活動をしました。

父が転勤族の私に「地元」「故郷」の概念はありません。

 

何より、大嫌いな街でした。

 

就活はなかなかうまくいかず、推薦話を持ってきた事務長からは嫌味も言われ。それでも何とか正社員での就職先を見つけたんです。就職できれば御の字でしたし、選り好みをしている余裕はありませんでした。

 

箱入り娘で世間知らず。

アルバイトは父から禁止されていて、社会勉強などしたことがありません。お金の引き出し方はわかるけれど、切符の買い方もイマイチよくわからず。

 

その状態で親元を離れました。

 

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社会から隔絶された日々

社会人時代のこと

新卒採用された会社 

1社目はデータ入力をする会社でした。

専用のPCを使い1日中それだけやっていきます。専門学校で学んできたことは、一切役には立ちません。

 

会社は女性ばかりで派閥がありました。

同期入社は友達同士で入った高卒の女の子、私は1日中ほとんど誰とも話さずに過ごしていました。

 

入社からほどなくして毎日の残業。

何をしても張りがなく。妹と一緒に暮らす生活費のためだけに、親の期待を裏切らないようにと、そればかりを考えて働く毎日は単調なものでした。

 

心身共にすっかりと参ってしまったのは、入社からたった3ヶ月後のことです。

けれど、まだ序の口でした。

 

休養からの再就活

仕事を辞めて・・・一旦親元で休養したのちに、就活を再スタートしました。

 

新卒採用から3ヶ月で退職、そうでなくても厳しい時期でしたから、そう簡単に決まるはずはありません。大半が書類選考で落ちていきます。

運よく面接までこぎつけたとしても、軽くあしらわれたり、鼻で笑われたりもよくありました。

 

2社目は何の会社だったのか忘れましたが、電話を取ることを任されました。

Aさんへの電話は取り次がないこと、Bさんからの電話は「外に出ています」と言うこと。実際には、居留守を使ってマンガを読んでいる男性社員。

 

金銭面でもよくない話が聞こえてきます。さすがに詳細は忘れました。

 

これを黙認するのが私の仕事なのかと、お金をもらうためにこれを続けられるのかと問うた時に、無理だと思いました。

何もできない若造の、要らぬ正義感かもしれません。

 

それでもイヤだと思い、数日で辞めてしまいました。

 

3社目は化粧品販売の会社でした。

体調不良でも病院を受診したら出社する、社会人ならそれができて当たり前だと初日に言われました。

そのくらいやる気がなければ、ウチでは通用しないと。

 

指導してくれる社員はおらず、コピー機やFAXの遣い方もわかりません。その都度質問をすると、苦笑いで対応してくれました。

電話もワンコールで出られず、そのたびに注意を受けます。

 

失敗ばかりで私はパニックになるばかりです。

数日ののちに「素養がない」と言われ、そのまま受け入れて辞めました。

 

これを最後に、正社員での就活は断念。

 

父の言いなりで生きてきた私には、自分で考えて責任を取ることを知りませんでした。何もできない、何も知らない。

社会生活への知識も耐性もなく、根性もなく、すっかりと参ってしまったんです。

 

周りができていることなのに、なぜ自分にはできないのか。どうやって生きていけばいいのか、自分の何がどう間違っているのか・・・全くわかりません。

 

1社目を辞めてから、そのあと落ち着くまではたったの3ヶ月。自分が無価値であるように感じました、不適合なんだと。

「孤独」というより「恐怖」です。

 

当時21歳、とにかく長くてつらかった。甘ったれの泣き言ですね。 

 

契約社員で勤めた会社

契約社員やアルバイトで探し始めるとすぐに見つかりました。

 

始めたのは、建設コンサルタントでの事務補助でした。

2ヶ月の短期アルバイトから、8ヶ月の長期アルバイトへ。そして1年契約の契約社員へと雇用形態が変わり。自給も800円から始まり、960円まで上げてもらいました。

 

ここで3年7ヶ月勤めて退職しましたが、辞めた理由は上司からのパワハラでした。

パワハラは最低ですが、振り返ってみると私にも落ち度はありました。

 

私の仕事を評価して時給を引き止めてくれて、実用的なPCスキルを学ばせてくれたのはこの会社です。

ここで学んだことは後に生きていますから、今となっては感謝もあります。 

 

ちょうど契約満了のタイミングでの退職は、失業給付金もすぐにいただけます。夫の借金は発覚したものの、生活に困ることもありませんでした。

 

それでもパワハラを受けていた頃には、一時的に不眠になってしまい、抗不安薬も服用していました。

「また働く」ということに対して、物凄く抵抗があったことは事実です。

 

どこまでも続く不足感

雇用形態が変わっても、業務内容はアルバイトと同じでした。社会人として当然のように持っていていい知識は、当時持ち合わせていません。

 

学歴コンプレックスと、感覚は似ています。

理想とするものに届かない葛藤が、私の中にはずっとありました。周囲と比べて、どこまでいっても私は劣る存在なんだと思い続けていたんです。

 

それが多少解消されるきっかけになったのは、結婚後に始めたパートです。

自社商品の通販の受注・発注をしたり、来客対応をしたり。制服を着て仕事をして、時には社内の飲み会に参加させてもらって。

 

それだけで、私は誰かの視界の中で生きているのだと感じられました。

 

三女を出産したこと

結婚後に始めたパートは、長女を妊娠して辞めることになりました。

 

子供とばかり向き合う毎日です。

時に社会から隔絶されたような気持ちになりますが、これまでの生活で知ることのなかった世界に触れていきます。

 

家事・育児の知識、幼稚園や小学校での先生や保護者との関わり方、ご近所付き合いなど。新しいコミュニティの中で、孤独感は感じずに生活できていました。

以前のように卑屈にならずにいられます。

 

それが、三女を出産したことで一変しました。

 

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妊娠中から周囲にはあまり話しませんでしたが、出産してからはますます言えなくなりました。

妊娠を知らない人もたくさんいます。

 

生死の境目にいる三女の面会に通う日々は、段々と私を孤独にしていきました。

 

疾患のことを相談できる相手はいません。

私の心情を察することはできても、理解までできる相手は身近なところにはいません。両親すらそこまではわからないでしょう。

 

妊娠を知っていた人に会えば「産まれたの?」「赤ちゃんは?」と聞かれます。私は何と答えればいいのかわかりませんでした。

そのまま話して距離を置かれたこともありました。

 

離れて行った人達は、自分がどんな顔をしているのか気づいていないのだと思います。憐みの目、異質なものを見るような目、露骨に避けられました。

「何かあったら声掛けてね」と言う顔は、「声を掛けられたら困る」と言っていました。

 

そんなことが続いて、私は誰にも会いたくなくなっていきます。

 

コソコソと家を出ては、人から話しかけられないようにしていました。

札幌中心部まで行くと誰かに会う確率はグンと下がります。やっと息ができるような気がしましたし、やっと顔を上げて歩くことができます。

 

そんな生活を5ヶ月。

世間から隔絶されたのではなく、勝手に孤独になりにいったとも言えます。けれど、あの時に感じていた「普通」から遠ざかって行く感覚は、就活で苦しんでいた頃と似ていました。

 

私をそこから救ってくれたのは、いろいろな疾患で頑張っているお友達の親御さんです。

病院で出会ったお友達、SNSを通じて知り合った方、2年近くが経って本当にたくさんの方達とお話させていただきました。

 

そして今でも増え続けています。

 

1万分の1と言われている「左心低形成症候群」も、先輩・後輩合わせて何人のお友達と出会ったでしょうか。

1人じゃないと感じられることが、どれほど心強く、私を支えてくれているか。

 

「ありがとう」なんて言葉では足りません。

 

ブログを続ける意味はここにある

人と関わることが怖かった私は、人と関わることで救われました。だからこそ、意識的に関わっていきたいと思っています。

 

誰かと繋がっている、誰かが見ていてくれる。

 

それは、特にSNSのメリットです。

先日、上半期の運営報告をしていて実感しました。

 

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拙い文章でも、必要としてくださる方がいると知りました。こうやって私達の経験や想いが届くのなら、続けていきたいんです。

 

今はもう「隔絶されている」なんて思いません。

1人にならないし、1人にしない。みんなで一緒に頑張りたいです。

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