*キラキラのどろんこLife*

年の差三姉妹のお母ちゃん、睦です。 ちょっと若く見られるのは自慢ですが、しっかりアラフォーで体力の衰えが半端ないのは悩みの種。 先天性心疾患「左心低形成症候群(HLHS)」の三女、小5長女、小3次女(通称:姉ちゃんズ)がいます。 3年間続いた夫のギャンブルで家計も夫婦仲もガタガタ、現在5つのローンを背負って嵐の中を突き進めているのかどうか。 いろんなことをぶっちゃけながらも、自分らしく前進あるのみと心に誓っています。 迷走していることに気づいたら、お声掛けいただけると喜びますが、そっと見守ってくださる







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【三女の心疾患】心疾患発覚から出産まで、祈り続けた日々の記録・後編。

 【お知らせ】

こちらからの続きになりますので、未読の方はご一読いただけると嬉しいです。

 

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こんにちは、睦です。

我が家の三女は、先天性心疾患「左心低形成症候群」で産まれてきました。

 

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この疾患が発覚したのは、妊娠9ヶ月(34w1d)でのことです。

もっと早くにわかる場合が多いのですが、三女に関しては33週の妊婦健診で疑われて、総合病院で胎児心エコーを受けました。

1ヶ月の早産(35w5d)で産まれていますから、出産のわずか半月前のことでした。

 

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**目次**

 

 

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祈り続けた日々の記憶②

2015.07.22 転院

転院先の受診。
前の病院で書類受け取り→産科→お昼休憩30分→小児循環器→入院予約。5時間弱。

 

小児循環器の先生からお話。

一昨日と同じ話だったけれど、改めて調べたり整理をしていたから何となく理解できた。今日は夫も一緒。先生も看護師さんも、とにかく私達の精神状態を気にかけてくださって、ありがたかった。

 

先生は心臓のこと以上に、トミソリーの有無をかなり心配しているようで。それは私達も同じ。

「もし18か13だった時にどうするか」

今回21の話は出なかった。

 

3つの手術を乗り越えられるのは8割程度。

それはトミソリーがない場合。もしトミソリーがあれば延命治療をするか否か、その選択肢しか与えられない可能性の方が大きい。

全身状態がよくないので余命は短い、その時には誕生死の確率も上がる。堕胎よりずっと酷な命の選択。

 

何もない可能性は0。

どちらかを選び、その中でその都度選択をしていく・・・今はまだ決められない。

 

2015.07.23 1人の時間

あれから初めて1人で過ごした時間は、思ったよりしんどかった。

3人仲良く元気に走り回る日が来ないことがショックなのに、子供達がかわいそう、おチビがかわいそうって。言い聞かせながら我慢してる。

 

「何で私なの?」って思ってる。

でも「自分かわいそう」って思いたくなくて必死なんだと思う。

 

ごくごく平凡なものしか望んでないと思っていたけれど、命を望むことは真逆で。普通に在ることが奇跡だって、やっぱりわかってなかった。

親身になってくれるお隣ママにさえも「どうせわからないくせに」って、どこかで思ってる。赤ちゃんの声聞かせないでよ!(当時1歳になる子がいた)って思ってる。

 

何て自分勝手なんだろう。

(私が)我慢してるのを母はわかってる、義母にも心配かけてる。心臓のことがわかってから、夫や子供達がおなかを触ったり話しかけたりしなくなった。

私も「妊婦らしいこと」を考えたりしたりするのが虚しい。「まだわからないんだから」と言いながら、それを肯定できてしまう夫も酷く辛そうに見える。

 

それなのに・・・いろんなものの間に挟まって逃げ場もない。前回(流産)のことがなければ、もう少し明るい未来を想像できたかな?

自分の子供を見送る覚悟、どこかでしているのがわかって悲しい。

 

2015.07.24 未来への想い

赤ちゃんが産まれて妹が増えて、元気に楽しく走り回ったり、毎日笑って過ごしたいと言っていたゆず姉。

想像していた未来はなくなって、近づけるかどうかもわからなくて。今は悪い想像ばかりになってしまってる。「もう(こんなふうに)つらいのはイヤだ」と子供達は言っていた。

 

母から言われた。

「思い返してみると、3年前(流産)のこともそうだったのかな?って思ったりさ」

 

心拍確認できないまま流産した子と。

染色体異常の有無はわからないけれど、複雑心奇形を持つおチビと。

私の体がもう妊娠・出産できなくなっていたと、そう母は思ったようだった。病院では「全く影響はない」と言われていたし、前回のことは原因不明と言われていたから。正直分からないけれど。

そう思ってしまうのは仕方ないのかもしれない、2回も続いてきっと母も傷ついた。

 

そして同じように・・・楽しみにしてくれていただろうに、今頃こんなことがわかって義母もショックだと思う。

昨日夫に電話が入ったらしい。私のことをかなり心配していてくれて、でも落ち着いていなかったら、と思ってむこうに電話したようで本当にありがたかった。

 

**

 

お母ちゃんはもうイイトシになったし、これ以上悲しい思いをするのも絶対にイヤだし。おなかに赤ちゃんがきてくれるのはこれが最後。

おチビが助かっても助からなくても、三姉妹で「お姉ちゃん」なのは変わらないからね。そう言ってある。

 

昨晩もそんな話をゆず姉としていて。

「お母ちゃんは無理だから、大人になって赤ちゃん欲しいと思えるようになったら、頑張って産んで孫でも見せてよ」

 

そう言ったら笑顔で頷いた。今はつらいし、悲しいし、怖いけど、やっぱり子供は産んでみたいと思うのだとか。

「やっぱり賑やかなのがいいね~」

「ウチも孫見たいな」

「お母ちゃんのひ孫?」

 

そこまでいったから笑ったけれど、その時には元気な赤ちゃんが来てくれますように・・・そんな何十年も先の未来に笑っていられるといいな。

 

**

 

ちゃんとみんなからの愛情届いてる。

受け取りに時間がかかる時もあるけれど、1つ1つゆっくり確認してる。自分勝手な姿も、目を背けたくなるほどの心の醜さも、必要な通過点。ない方がもちろんいいけれど、私にはきっと必要。

「あるがままでいい」と思えることは、次に進んでいけるってことだと思ってる。

 

人のいるところで泣いて恥ずかしくないの?なんて、先日ハナにドライに言われてしまったけれど。人前で泣けるようになって、私は随分と楽になった。

この3年間そうやって進んできたし、これからも進んでいけると信じてる。

行ったり来たりを繰り返すけれど、どんなに辛くても、何度倒れても、時間がかかっても、自分が立ち上がれる人間だっていうのはわかってるから。

信じて見守っていてほしい。

 

子供達もちゃんと自分の人生を歩いてる。おチビもどんな形であれ、自分の人生を全うするために産まれてくる。

自分を信じられるように、子供達のことをもっともっと信じられるようになりたい。

 

2015.07.25 みんなの想い

お産の日、両親が来てくれることになった。

「何の支えになれなくても傍にいてやりたい」と言ってくれる母。

「あんた(母)がそうしたいならいくらでも動く」と言ってくれる父。

 

留守番を頼む妹にも、最近連絡を取っていなくて心配かけてた弟にも、全部話してサポートをお願いしてくれた。

母がパート先にも話したら「いつも店の都合を聞いてもらってるから、いつでも大丈夫だよ」と言ってくれたそう。義両親も来月中に様子を見に行くからと言ってくれた。大丈夫?ってさっき電話もくれた。

 

凄いよ・・・私達を想ってくれる人が多過ぎて、受け取り下手過ぎて、どうしていいかわからないくらい。私とっても大事にされてる。

体を張って命懸けで教えてくれる、おチビも今から物凄く愛されてる。

 

**

 

父さん母さん、お守りありがとう。ばあちゃんとおじいちゃん(私の祖母と夫の祖父、この1年前に他界)も助けてください。

みんなの想いがちゃんと届きますように。

 

2015.07.26 産まれる時・産まれた時

「助かったら」

その先のことは先生と相談しながらゆっくり決める、だから今はわからない。特に思い付く希望もない。

 

「助からなかったら」

悔いが残らないようにやっておきたいことはある。でもどこまで?何ができる?

 

バースプランを改めて考える。どんなお産になるかはおチビの状態と相談、私の希望は「とにかく負担がないように」しかない。産後も救命優先なら、すぐの抱っこや写真撮ったりもできない。

NICUに入ってしまったら、子供達は触れることもできないのに。時間外の出産だったら、自宅待機しないといけないから無理になる。

 

もうどうしようもないとなった時「目の開いた写真」が1枚でもいいから残せたらいい、家族写真が残せたらいい。出生届が受理されて死亡届を出す前に、5人の名前が並んだ住民票を取って残せたらいい。

叶えたいのはそのくらい。

普通なら叶わないはずはないことばかり。でも結局いろいろ考えたところで、まだ何もわからないし、どんなことをしたって悔いは残る。

 

昼間は楽しく過ごすけれど、寝かしつけの時間にはゆず姉と泣きながらこんな話をする時間は多い。

今日から35週だった、もうそんな経過も他人事みたいでピンとこない。お腹の張りは強くてあと1週間で減薬に入るけれど、管理入院になったらどうしよう。

 

あと何日で「守ってあげられなくなる日」がくるのかな。

 

2015.07.28 私の誕生日

今日は歯医者。

いつもなら週末に夫に子供達を託して1人で行く。先週末は休診だったので平日に予約を取った。先生にはゆず姉と同級生の息子君がいて、いろいろ喋るけれど。子供達が一緒だと「もうすぐ産まれるね」って話を必ずされるだろうから・・・子供達にはお留守番してもらうことにした。

ゆず姉も「気の毒な感じになるのはイヤ」と言っていたし。小3が気の毒って・・・難しい言葉だね。

 

妊娠報告をしている人には遅かれ早かれする話、できるだけ子供達のいないところで済ませていきたい。

 

**

 

助かっても助からなくても、目の前で絶句されて。

「聞いてごめんなさい」みたいなことを言われたり、腫れものに触るみたいな扱いをされるんだ。

 

もちろんそうじゃないこともある。

でも世の中の大半がそうで、それにいちいち傷つきたくないとその覚悟をしようとしていた。傷つくことで「かわいそうな自分」になってしまう。

そんな恐怖で先回りして「かわいそうな自分」を自ら作り出しているのかな。

 

母に言われた。

「そうやって自分を追い込むんじゃない、誰も悪くないんだから」

 

他人の目を気にしてる証拠。

身内は私を責めることなんかないし、聞いてごめんなさいとも言わないし、腫れもの扱いもしない。ただ「大丈夫かい?」って心配してくれる。

みんな大変だけど1番大変なのは私だからと、そう言ってくれる。全力で守ってくれる人達がいるのに、私はいつまでビビッているんだろう・・・と思ったのは昨日のこと。

 

**

 

サポートが必要な時はすぐに連絡を!

 

そう誕生日メッセージをくれた母。

受け取るばかりで返済が追いつかないけれど、この先返し損なった分があれば、子供達に渡していこうと思う。

 

2015.07.30① 管理入院から帝王切開へ

  • 16日:心奇形の疑い
  • 20日:小児循環器の先生と連絡が取れて、心臓病と確定
  • 22日:総合病院へ転院
  • 29日:羊水過少と発育遅延が発覚
  • 30日:管理入院
  • 31日:帝王切開にて出産予定

 

長く感じたのに、たった2週間。

先生方の話を聞きながら、夫と今までの経過を追って凄いと思った。

 

出産前の段階で心奇形に気づかないケースは多いのに、気づいてもらえた。たった2週間でも遅かったら今日だもの・・・間に合わなかったかもしれない。

小児循環器の先生は有名らしくて、ここの総合病院では心臓病の子を見ることが多いらしい。それが車で10分の距離で、ちゃんと提携してる病院だった。NICUも3床しかないのに、今は2床空いてる。

 

昨日の健診で羊水過少がわかって、すぐに入院できる流れになった。このままだったら土日のうちに胎内死亡の可能性もあったと聞いて、かなりショックだった。

生きられるように流れてきてる。モニターでは心臓しっかり動いてる、助からないと絶対にもったいない。

 

「最善を尽くします」

「全力で治療にあたらせてもらいます」

 

先生や看護師さん達の熱意におされて泣きっぱなし。

 

2015.07.30② 手術の説明

こうやって文字にされるとリアルに怖い。

 

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名前がつくのは仕方ないんだけど。

明日生きて産まれてきてくれて、1つでも病名が少なく済みますように。頑張れ、おチビ!

 

あれから1年9ヶ月

トミソリーはありませんでした。

けれど心疾患に関しては、想定していた中で1番最悪のものでした。総合病院では治療ができず、生後4日目に大学病院へ転院しています。自宅に帰ってこられるようになるまで、7ヶ月頑張りました。

 

けれど叶わないと思っていたことは、たくさん叶いました。

抱っこ、目の開いた写真、家族写真・・・時間のかかったこともあったけれど、全て叶いました。元気に楽しく走り回ったり、毎日笑って過ごしています。

担当医が「強運の持ち主」と言ったのがよくわかります。助かったことが奇跡なのに、その先の成長が更に奇跡の連続です。

 

そのおかげで、疾患のことを話すと「元気なのにね」と言われることがとても多いです。

今が元気でなければ、この先はありません。けれど今が元気だからといって、この先が保障されているわけではありません。何気ないこの一言が、一時期は何より傷つく言葉でもありました。

 

障害は不幸ではありません、障害があることはダメなことではありません。でも正直に「残念だな」とは思います。

今でも不意に過去の記憶にとらわれて、涙が溢れる日だってあります。私は元々ネガティブで、とても「前向きで明るい」などと言ってもらえる人間ではありませんでした。

それを変えてくれたのが、この経験です。

 

 

まさか自分が障害児を産むとは思わなかった、イヤだと思った。

死産になった方がよかったんじゃないか。

 

病院で知り合ったお母さんの言葉、私はこれに救われました。

 

誤解されたり非難されたりするのが怖くて、とても口に出来なかった私の本音です。誰かと共有できるとは思っていませんでした。それを言葉として伝えてくれた・・・とても感謝しています。

もしかしたら同じように、私の言葉を必要としている人がいるのかもしれません。そう思ったんです。

 

今日から三女は検査入院、次に向かって進んで行きます。子供達の笑顔や生きる力に励まされながら、私は踏ん張り続けます。

©2016 *キラキラのどろんこLife*