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先天性心疾患・左心低形成症候群である三女と小学生の姉ちゃんズは、年の差三姉妹。5つのローンを背負って嵐の中を突き進むけれど、もはや前進あるのみ!







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【三女の心疾患】心疾患発覚から出産まで、祈り続けた日々の記録・前編。

【お知らせ】

 こちらを未読の方は、先に読んでいただけると話が繋がります。

 

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こんにちは、睦です。

我が家の三女は、先天性心疾患「左心低形成症候群」で産まれてきました。

 

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この疾患が発覚したのは、妊娠9ヶ月(34w1d)でのことです。

もっと早くにわかる場合が多いのですが、三女に関しては33週の妊婦健診で疑われて、総合病院で胎児心エコーを受けました。

1ヶ月の早産(35w5d)で産まれていますから、出産のわずか半月前のことでした。

 

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**目次**

 

 

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祈り続けた日々の記憶①

世の風潮と葛藤

疾患が疑われた日から、胎児心エコーを受けるまでの数日。担当医の言葉を思い返しながら、私達はそれをキーワードにたくさん調べました。

 

心房が1つしかない・右側が大きく見える・弁の動きがおかしい

 

出てくるのは重度の心臓病の数々です。単心室症、その中でも1番ヒットしたのが「左心低形成症候群」でした。

発覚後も、疾患のことや疾患児を持つ親のことを調べ続けました。聞いたこともない疾患、難しい説明、知れば知るほどに怖くなります。けれど知らなければ、不安に飲み込まれそうでもっと怖くなるんです。

 

「障害は不幸ではない」
「障害は個性である」
「我が子が障害を持って生まれてきたことを、悲しいと思ったことはない」

 

たどり着いた先にあるのは、こういった言葉の数々でした。

今となってはわかります。けれどその当時に、これを受け入れられたかと聞かれれば、答えは「NO」です。到底受け入れられませんでした。

 

 

平成25年6月に障害者差別解消法が制定され、平成28年4月1日から施行されました。

障害を理由とする差別の解消の推進 - 内閣府

 

「障害」と一括りに言っても、内容は多岐に渡ります。今回はそこを掘り下げるつもりはありません。 

世の中は「差別してはいけない」とあからさまな態度を示してきます。差別的な発言をすれば叩かれる、許容するのが当たり前だと言ってきます。

 

それはそれでわかります。

けれど実際に当事者となった時に、それまでと同じように、ニュートラルでいられる人は一体どのくらいいるのでしょうか?

 

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妊娠の記録とは別に、当時の日記がFacebookに残してありました。とても近しい人達にだけこぼした気持ちです。たくさん苦しんで、悩んで、泣いて、必死に向き合った記録です。

「かわいそう」「大変」だと、そう見られたいわけではありません。むしろ見られたくはありません。

 

ただ「そういう人もいるんだ」と知ってほしいのです。正直な気持ちを言葉にする、そこに罪はありません。

 

2015.07.16 9ヶ月妊婦健診

おチビさん(胎児ネーム)に心疾患の疑いがあり、大きな病院にかかることに。

担当医が不在のため、来週にならないと予約が取れない。何かあったとして、今日・明日でどうにかなるわけではない。

心疾患は1/100の確率、決して低くはない。年齢的なリスクはわからないけど、流産と同じで不可抗力なんだろうってわかる。それでもずっと考えてる。

 

無事に産まれてこられますように。

この世で生きていけますように。

子供達を悲しませるようなことになりませんように。

 

開胸するような治療になりませんように。

苦しい治療になりませんように。

助けてあげられますように。

他の病気を合併していませんように。

 

今は変わらず生活していくしかないのだけれど、ただ怖くて何もできないことが辛い。こんなに元気なのにな。

油断すると罪悪感がもさもさわいてくる・・・誰に謝りたいのかわからないけれど。

 

**


厳しい見方をしてるから、取り越し苦労かもしれない。

何ともなくて、また次(の健診で)会えたらこんないいことはないから。ちゃんと見てもらってきて。

 

先生そう言ってたから、できるだけそこに近い状態でありますように。

そう願うだけ、生きる力を信じるしかない。目に見えないから不安、でも目に見えないからピンと来ない。

 

2015.07.20 総合病院にて胎児心エコー

重度の心臓病。「何らかの心疾患を必ず持って産まれてくる」という検査結果。

NICUのある病院でなければ出産できない。そのまま入院治療、手術、NICUを出たら24時間付き添い。退院までどのくらいかかるのかもわからない。

 

3度ほどの手術、普通の子と同じレベルで運動などはできない。

その他合併症・染色体異常がある確率も高く、あれば誕生死も十分にありうる。かなり厳しいものになると言われた。

 

先生の前ではできるだけ泣くのは我慢したけど、家族の顔を見たら無理だった。みんなでたくさんたくさん泣いた。

産後のために買い揃えたもの、お下がりや使わずに終わるのもやっぱり悲しい。

思い描いていた新生活は1つも叶わないまま、全く違う生活を想定して準備をしていく。

 

助からないと決まったわけではないけれど、壮絶すぎてまだ受け止めきれない。変わってしまうものが多すぎて、子供達のことを考えたら流産した時よりも辛い。

 

2015.07.21① 命の選択

「もっと早くにわかっていたら、どうしていただろう」

 

ゆず姉と話した。

命に関わる病気があった時、事情があって育てられない時、21週までならお腹の赤ちゃんとお別れしてもいいって決まりがある。

もしその時期に今の病気がわかっていたら?

 

ゆず姉は自分の考えを教えてくれた。

 

お腹の中で元気に動いてたし、元気だってずっと病院で言われてたから。周りの赤ちゃんみたいに、元気に産まれてきてくれるって信じてた。

とっても楽しみにしてたのに・・・元気に産まれてこれないなんて、顔見たらお別れなんて悲しくてイヤだよ。産まれてきたら死んで欲しくない。

 

でもこんな辛いことになるのがもっと早くにわかってたら、わからない。イヤだけど、産まれてきてほしいけど。

産まれてきても、赤ちゃんが痛くて辛い思いをするってわかってたら、お別れするって決めたかもしれない。

 

お母ちゃんならどうする?

 

 

凄いなって思った。私達は+将来的な負担とか、もちろんもっともっと考えることは多いけれど。基本的なところはきっと一緒。

 

重度の疾患となれば、綺麗事や使命感だけでは当然生きていけない。助かって成長してからも、精神的な疾患を抱える人も少なくなかったり。

他の合併症などによっては、一生親が見ていかなければならない。

 

凄く辛いけど。あまりにも負担が大きくて、今の生活が壊れてしまうから。お別れすることを選ばないといけなかったかもしれないね。

そう答えた。

 

ここまできたら「産む」の一択。どこまでリスクを下げられるかしか、できることはなくて。あとは本人の生命力と先生の力、私達はひたすら祈るだけ。

 

そうやって子供達に話しながら、本当に助かることがこの子にとっていいのだろうか?そう頭の片隅で考えてしまう。それがとにかく自分本位なようで罪悪感があるけれど、背負う覚悟がまだできない。

 

おチビができないであろうこと。私達が今まで普通にできていて、できなくなってしまうこと。そういうことに目が行きがちになってしまう。

手術の画像、治療中の子供の姿、そこに自分の子供が入っていくのだと思ったら、辛くないはずはなくて。ここまでのリスクを想定して、やっと子供を望んでいい。そう思っていた以前の自分を酷く恥じる。

 

結局は想像でしかなかった。

 

今回の妊娠・出産は、子供達にとって大きな学びになると思ってた。

実際になると思う。けれど命の尊さ以上に、恐怖や不安の方が大きくなってしまった。そしてまた「身内に先天性疾患があった」というリスクも背負わせる。

私は私の勝手なエゴで、子供達の将来に大きな傷をつけてしまったのかもしれない。9歳と7歳に背負わせるのは酷。

乗り越えてくれると信じるしかないのかな?

 

2015.07.21② 苦しい気持ちを吐き出す

悲しい時には我慢しないで泣かないと「頑張ろう!」って気持ちになれないから。全部出さないとダメなんだよ。

 

子供達にそう話した夫。自分はなかなか泣けないくせに、男の人って切ない。

 

この3年間、ミカさんに教わったことを実践していくうちに、知らず知らず変わっていたみたい。私も、夫も、子供達も、そして父や母も。

無駄に自分を責めずに済んでるのもそう。

 

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「お母ちゃんは悪くない」
「申し訳なくないからね」
「あなたが謝る必要はないよ」

 

そう言ってくれる家族のおかげ。

できることならしたくない、しなくていい経験を続けてすることに「神様はいないの?」と思う部分と。

道内には数少ない、治療できる病院が自宅からさほど遠くないところにあって。元の産科としっかり業務提携されていたこと。助成もあって想像よりは負担が少ないこと。何より産前にわかったこと。

そういう救いの手があることが次々わかるうちに「神様はいるのかも」と感じる部分と。

 

何とも言えないけど。

ひとりじゃないし、勝手にひとりにもならない。カッコ悪くてもたくさん泣くし、情けなくても助けてもらって頼って生きていく。

 

この3年間で起こったことは、全部ここに繋がるのかなって思った。

 

**

 

話を聞いてくれるだけでいい。

「頑張れ!」って言ってくれたら嬉しい、「頑張ろうね!」はもっと嬉しい。子供達の姿を見た時に「元気?」って声かけてくれるのも助かる。

 

助けられたとしても長い戦い、助けられなかったとしたら受けるダメージは絶対に大きい。どちらになっても、私達はたくさんしんどい思いをしたり、どこかで傷つきながら進んでいく。

助けて欲しい、支えて欲しい。

 

 

≪後編に続きます≫

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